@mooncafe

わたし、母になりました。

2011年12月2日、二人の男の子の母になりました。

S君 2,722g
T君 2,762g

まさかの一卵性双子妊娠!
夏秋冬三季節をまたいでの壮絶な4ヶ月入院生活でした。
本当に二人とも元気に産まれてくれてありがとう!!
小さな宝物。
パパと大切に育てます。

ハイリスク妊婦でお腹中の状態と私の早産傾向がヒドく
赤ちゃんがどうなるかわからない状況がずっと続いていたので、
何かあった時に文字として残るのがツラくて日記つけたり、
妊娠報告するのが怖かったです。

毎日緊張してて、病院のベッドで何事もなく目が覚めるのが一番嬉しくて
毎日毎日、日にちを数えてました

手術日、医師からも看護師からも、本当ここまでもつとは思わなかった。
本当に頑張ったって言われて、
やっとたどり着いたー。って気持ちで
手術室に向かった。
ホッとした。

夫も外国やのに私がいない間、
仕事と面会と頑張ってくれました。


妊娠出産って大変!!
ほんまに神様からの授かりもの。
私達を選んでくれてありがとう。

妊娠初期から最後まで、
本当に本当にたくさんの人に命を助けてもらった二人です。
この時代じゃなかったら、助からなかった二人。
これからの育児がまだ想像できない段階だけどこれから夫婦で守っていきます。

f0019541_10432018.jpg


幸せ!






長いので超暇な方のみどうぞ。




5月妊娠発覚!
産婦人科に行く前に出血ありで
びびり、心拍を確認したものの医者から切迫流産と告げられた。
トイレ以外、寝てるように言われて、、、数週間。
寝っぱなしの生活ー。
実は去年、日本に戻ってから、
子作りするぞー!と計画して
すぐ妊娠したけどお腹の中で育たなくて一度流産しました。
それもあったので、かなり神経使った。

それから3回目の診察で、、、
なんと!まさかの驚き双子妊娠発覚!!
親戚にも双子はいないし家族みんなで驚きっ。

双子って1000人に4人の確率で、、、
しかも私はリスクの高い胎盤共有の一卵性双生児で、
医者からはリスクの話ばかり聞かされ。
双子妊娠出産がこんなに大変だとは思わなかった。


それから、、、悪阻がヒドく毎日グッタリの生活。
7月末、、、
リスクが高い為、個人病院から総合病院に転院。

そこで、双胎間輸血症候群(TTTS)という症状を診断され、
8月頭に大阪にある母子センターに緊急入院!!
大阪っても堺の方でめちゃくちゃ遠かった。

一卵性双生児のできる確率0.4%。
その中でTTTSになる確率10%。
完全なハイリスク妊婦。

ほんまに何事も一筋縄ではいかない私の人生。

TTTSとは、
二人の間のバランスが崩れてくると体重差が出たり、
羊水の量の差が出たり、そうなると二人の間の血液の流れがうまくいかなくなる症状で。
まさに、羊水量の差が1:10の割合になってた!
一人の子は、羊水がほとんどない真空パック状態で、、、かなり危ない状態。

これを治療する為には手術が必要で、
その手術ができるのはまだ日本に6~7箇所しかなく、、、
大阪の病院も半年ほど前に始めたばかり。
半年前やったら山口か静岡まで行かなあかんかった。
症例は少ないしまだ日本でも7年くらいの歴史しかなく、
高度先進医療やから保険が効かなくて手術費が目が飛び出る程高かった。

入院後、即効翌日手術決定!
お腹に小さな穴を開けて、内視鏡を入れ共有している血管を
レーザーで焼いていくっていう手術で、手術中はモニターに、
胎盤の中が映ってそれを見ながら赤ちゃんを避けながら血管を焼いていった。
手術中は私もメガネをかけさせてもらって
内視鏡やからリアルな羊水の中の赤ちゃんも見れました。
指ちゃんと5本あって動いてた~
19週やのにしっかりしたキンタマも見えちゃった。
見てしまったので母性が湧いてきた。絶対元気に産んで会いたい!

でもその手術が理由で破水がおこって陣痛がきてしまって流産になる確率10%。
手術をして上手くいっても2人とも助かる確率60%。
1人だけが助かる確率90%。

もう確率がどんなに低くても当てはまってしまいそうで怖かった。

泣いた泣いた。
諦める選択もあるって事を3回も言われた。

執刀医はスペシャリストなオーラが出てて手術前は少し安心した。
手術は成功。
あとは赤ちゃんの頑張り次第。
元々あった血管がなくなったから赤ちゃんがびっくりして、、
耐えられなくなることがある。

まずは24時間を越えること次は1週間!
って医者に言われて術後、毎日ドキドキしながら赤ちゃんの心音を
確認しながら過ごす。

入院中、2人共頑張って元気でいてくれた。
ほんまに嬉しく、約2週間大阪の病院でお世話になるが、
ホッとしたのも束の間、今度は手術の影響が私のお腹にきてて
お腹のハリがひどく、子宮頚管が7mm以下に。

切迫流産で、24時間点滴生活はじまる。
でも地元の総合病院に戻る予定やったので大阪の病院からピーポーピーポー救急車搬送。

地元の総合病院に戻ると同時に
尿管を入れられ、点滴が増えベッド上絶対安静。
シャワーもなし洗髪だけベッド上で週2回。クサイ!笑
動くのは診察とウンコの時だけ看護師さん呼んで車椅子で移動。

その生活を3ヶ月半過ごす。ホンマにキツかったー。。。
点滴の副作用と、動けない毎日よく泣いた!
両手には点滴の針のアザだらけ

赤ちゃん達が元気に育ってる事だけが救いやった。
大変な手術を乗り越えてくれたので、今度は私が頑張らなな!と思ってた。

安静期間が3ヶ月くらい経った頃、精神的にも筋力がなくなった肉体的にも
限界がきて夜に寝れず発狂しそうになり、身体がいてもたってもいられなくなってきて、、
看護師さんに涙で訴えて夜は車椅子で病棟を徘徊してもらったりしてました。

手術日が12月2日に決まり、カウントダウン2週間になった頃、
尿管抜いてもらえて歩く練習をはじめる。
3ヶ月半歩いてなかったから、ホンマに産まれたての子鹿状態。
お腹もずっしり重たくて大変だった!

シャワーも3ヶ月半ぶりにする。
看護師さんに手伝ってもらいながら。スッキリ。

歩き出したらいつ産まれてもおかしくないって言われてたから
毎日ドキドキしながら過ごしてた。
本当、手術日までもつとは思ってなくてびっくり!


元気に産まれてきてくれてありがとう!!!
우리 아들둥이~☆☆☆
[PR]



by moon-yuminko | 2011-12-17 10:43 | 双子ちゃん☆

*2002年春、カナダ・バンクーバーで出会い遠距離恋愛を経て2006年9月16日にソウルで結婚式を挙げました!約5年ソウル生活後、夫・ぶーちゃんも一緒に日本上陸!2011年12月2日一卵性双子君を出産!
by moon-yuminko
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

ブログパーツ

ブログジャンル

画像一覧